福知山線脱線事故の運転手 高見隆二郎と車掌の松下 (2)


2月6日放送、日本テレビ系「仰天ニュース」



2005年4月25日におきた福知山線脱線事故について特集。
事故を起こした列車は、遅延を回復させるために本来70kmの速度制限があるところを120kmもの猛スピードで運転していた。当時のAТSでは速度制限超過は反応しなかったから伊丹駅駅員は速度超過を知ることは出来ない。


外部からは調べる方法ないし、車掌は速度が速いとは感じていたが、過剰な嫌がらせとしか思えない日勤教育への恐怖心から速度超過を報告を恐れていた。福知山線脱線事故については運転手が批判されているが、心の余裕を作れる良い会社づくりが必要だった。





今回は、福知山線脱線事故の運転手と車掌、マンションにぶつかったときに一両足りない理由について5ch情報をまとめてみた。


■目次

福知山線脱線事故とは
福知山線脱線事故の運転士・高見隆二郎と車掌の松下
福知山線脱線事故マンション住人死亡その後

福知山線脱線事故とは







JR福知山線脱線事故は、2005年4月25日に西日本旅客鉄道の福知山線塚口駅 - 尼崎駅間で発生した列車脱線事故。


乗客と運転士合わせて107名が死亡、562名が負傷した。
なお、JR西日本では、「福知山線脱線事故」ではなく「福知山線列車事故」と呼称している。マスコミなどでは、「JR宝塚線脱線事故」や「尼崎JR脱線事故」などとも呼称される。




参照wiki





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福知山線脱線事故の運転士・高見隆二郎と車掌の松下



福知山線脱線事故の運転手 高見隆二郎と車掌の松下 (1)



福知山線脱線事故の原因となった高見隆二郎運転手は、当時の報道では批判が多かった。




福知山線脱線事故の運転士・高見隆二郎は高校卒業後、JR西日本に入社。
駅務→車掌→運転士という経歴を辿っており、運転士になってから1年弱で悲劇が起きた。


高見隆二郎は当該事故を起こす前に別の駅でオーバーランを起こしており、日勤教育で一度乗務から外されている。その時の日勤教育に問題があり、精神論に終止して当該運転士にとって相当なプレッシャーがかかっていたという。


事故直前に伊丹駅でオーバーランをしてしまい、「また日勤教育で運転手の乗務から完全に外される」と精神状態がおかしくなっていた。



それだけではなく、 速度照査または”ATS-P"によるブレーキが作用しなかった。


今はATS-P(P形自動列車停止装置)とかS形車警の速度照査(速照)などで、列車が制限を超えて分岐器や急カーブに進入することを防ぐ装置があり、要所に設置が進んでいるが、「毎度同じ速度」の単なるカーブでは、それほどな急カーブが少ないJRでは、整備は後回しになっていた。



そこに速い速度でカーブを速度制限の70キロを上回る108キロ(7両目で計測)で侵入し脱線、近隣のマンションに突っ込んだのが福知山線脱線事故。



伊丹駅で70メートルのオーバーランの他に始発の宝塚駅、川西池田駅にそれぞれ入線する際、停車位置を間違えるなどは高見隆二郎運転士の焦りであり、遅れを取り戻そうとして速度制限以上のスピードを出してしたのが脱線原因とされている。



なので、直接の加害者は高見隆二郎ではあるが、会社の体質に問題があった。

ただ高見隆二郎は事故直前から、伊丹駅でオーバーラーンについての列車指令と車掌との交信を聴いていた。その前に運転士は車掌へオーバーラーンの長さ(m)を短く報告するように車掌へ依頼し、この交信中に事故が発生している。



なぜ、列車指令はまだ運行中の乗務員に報告を求めたのか?
列車指令がオーバーランした運転士へ「体調は大丈夫ですか。落ち着いて安全に運転を続けてください」と声をかけていれば、この事故は生じなかった。


この事故列車の車掌は意志疎通能力も少しトロかったようで、事情聴取の時「まけてくれへんか~と言うてきて」と高見隆二郎運転手とのやりとりを裁判で証言している。



事故車両の運転士が当人死亡により不起訴、JR西日本の山崎前社長と車掌は業務上過失致死傷について無罪が確定したが、事故当時鉄道本部長だった山崎前社長の組織の代表者としての責任は残る。




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福知山線脱線事故マンション住人死亡その後






福知山線脱線事故の被害者は乗客だけではない。
脱線後に衝突したマンション「エフュージョン尼崎」の住人だった夫婦の男性は、妻をこの事故で亡くしている。


「エフュージョン尼崎」は2002年に建設したので築3年でこの事故にあった。
分譲価格は1800万円の線路沿いということで、周辺相場よりは割安な販売価格だったので、若い夫婦にとって人気のマンションだったそうだ。



しかし、この福知山線脱線事故の事故後2年以内に全員退去。
当初JRはマンションを壊して更地にするつもりだったようだが、遺族や家族の中にも賛否両論があって、現在に至るも結論は出ていない。今は福知山線脱線事故の慰霊碑が祀られている。おそらく入居者だった人たちの引越し費用や損害賠償もJRが支払ったと思われるが、亡くなってしまった人は帰ってこない。

福知山線脱線事故の運転手 高見隆二郎と車掌の松下 (3)



被害者にとっては過去の事件ではなく、今でも進行中。

ただ、地方の私鉄等は旧式のATSのままの状況も存在する。
従って機械である以上、絶対に故障がないわけではないので、2度と悲劇を生まないように改善を求めていくしかない。








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