余命10年最後のシーン電話と意味 (2)


10月20日放送、日本テレビ系・金曜ロードショー「余命10年」






2022年の大ヒット作「余命10年」が地上波初放送。



数万人に一人という難病を発症し、残された10年をどう生きるか?



原作者の小坂流加さんの難病をもとにつくられた作品なので、一つ一つに違う人生が描かれていて、心を揺さぶられるストーリー展開が楽しめる作品。原発性肺高血圧症という難病を発症し、余命宣告を受けながらも執筆を続けた原作者の小坂流加さんは、原作小説を自費で出版し、SNSで注目された。



監督の藤井道人は、シリアスな社会派作品を手掛けてきただけあって、小説と映画でラストシーンの描かれ方も違うことで賛否の声はあるが、原作を知らない人からすれば違和感は無い。寧ろ小説家への変更は原作者自身と重なって、違和感のない終わり方となっている。




今回は、余命10年の実話、作者が死亡した原発性肺高血圧症について、5ch情報をまとめてみた。







■目次

余命10年とは
余命10年作者の死亡
余命10年の最後のシーン

余命10年とは




余命10年最後のシーン電話と意味 (1)


『余命10年』は、小坂流加による日本の小説。
文芸社より2007年6月15日に刊行され、同年12月20日にソフトカバー版が刊行された。小坂はこの文庫版の編集が終わった直後に病状が悪化し、刊行を見ることなく発売3か月前の2017年2月に逝去している。



参照wiki







・余命10年あらすじ




かけがえのない今日を生きる全ての人へ贈る物語数万人に一人という難病を発症し、余命10年である事を知った二十歳の茉莉。


生きることに執着しないため「恋だけはしない」と心に決めた茉莉だったが、高校の同窓会で同級生だった和人と再会、この出会いをきっかけに二人は急接近する。


思い出の数が増えるたびに失われていく残された時間。二人が最後に選んだ道とは……?




公式サイト





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余命10年作者の死亡




余命10年作者である小坂流加さんは、難病である原発性肺高血圧症の病状が悪化し、2017年2月に38歳で死亡した。




原発性肺高血圧という病名を見ると肺の病気のように思えるが、この病気で問題になるのは心臓の方。肺の血圧が高いため、肺への循環血液量を確保するために右心室に負荷がかかる。やがて右心室が十分機能できなくなり、肺に血液が送りにくくなると共に全身の血液が回収できなくなるため、種々の症状が出てくる。



心臓がとても弱っている状態なので、女性なら妊娠は大きなリスクになる。

ただし、心臓に対して大きな影響が出ていない場合なら、原発性肺高血圧症でも出産できることはあり、それは担当の医師が検査の数値からリスクなどを全て判断する。





基本的に現代医療とは、病気を治してくれるものではない。

最終的には自然治癒力、免疫力が重要。 手術を除けば現代医療は人間の免疫力を無視した対処療法が殆どであり、病気を治癒させるものではない。




余命10年の冒頭シーンで、最初に死んだ人は母親である礼子。
母親は、茉莉と同じ病気である原発性肺高血圧症で亡くなった。 同じ病院、同じ病気という事で茉莉と礼子は入院中よく話していた。 礼子は亡くなる直前、自分の使っていたビデオカメラを「思い出を記録して欲しい」との想いで茉莉に託した。 そして、茉莉は和人や沙苗、たける、家族との日々を録画していった。




原発性肺高血圧は遺伝で発症するケースが多い。

余命10年作者である小坂流加さんの母親も原発性肺高血圧で亡くなっているので、冒頭に母親が亡くなるシーンを描いたのだろう。






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余命10年の最後のシーン




余命10年最後のシーン電話と意味 (3)



原作である小説と映画の余命10年では、最後のシーンが大きく違う。




小説と映画版の余命10年での茉莉は、ともに病気で亡くなったのは同じだが、映画では最後のシーンで、桜の下を歩く2人の様子でエンドロールを迎えている。




なぜ、最後のシーンで二人が幸せそうな様子を描いたのか?

監督のインタビュー記事では、これは主人公である和人が思い描いたifのシーン。茉莉はこの世におらず、一緒になることは叶わないけれど、和人の心の中の彼女はいて、共に未来へ歩み始めたというのを表しているそうだ。




小説では、茉莉は最期に「かずくん、会いたいよ」と病室で亡くなっている。

茉莉は「幸せすぎると死ぬことが必要以上に怖くなる」と思っているので、ビデオカメラの映像を全て消そうとしたが、やっぱり和人が大好きなので、ビデオだけは消したくなかった。和人が病院に駆けつけた時は茉莉はまだ生きていたが、その1か月後に亡くなったという終わり方になっている。




映画では、和人は沙苗やたけると待ち合わせしていて、一緒に茉莉のお墓参りに行く様子が描かれている。和人が最後に電話している相手はおそらくたける。和人の電話の声のトーンが少し明るめだったので、茉莉はもしかしたら生きているのでは?と視聴者の中には感じる人もいるようだ。




余命10年は、実話というより、監督の藤井道人が原作者の小坂さんの遺族に話を聞いたり、小坂さんに合わせてストーリー展開を作られてるので、小説と終わり方が違う形になったのは、作者本人の希望。小坂さんの生きた歴史をストーリーに重ね合わせているから、そのためフィクションな部分があるが、基本的にはノンフィクションでもある。






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