
1月15日、2009年10月に放送された「オールスター感謝祭」で起きた島田紳助の「東京03」激怒事件について、関根勤のユーチューブチャンネルで真相を明らかにしたことで、5chで話題になっている。
当時の週刊誌の記事では、島田紳助の楽屋の挨拶に東京03が行かなかったことで、本番中にブチギレしたという東京03事件。番組内のアトラクションの最中に、島田紳助が東京03の解答席に行って、胸倉を掴んで怒鳴り付け、退席を命じた。
しかし、この東京03事件には、挨拶だけが原因ではなかったという。
今回は、東京03事件のオールスター感謝祭の動画について、5chの検証をまとめてみた。
■目次
・東京03事件とは・東京03事件のオールスター感謝祭動画
・島田紳助の復帰
東京03事件とは

記事内容
塙はちょうど紳助がお笑いトリオ『東京03』を恫喝したというTBS『オールスター感謝祭』(2009年10月3日放送)の場に居合わせたのだという。
まとめると、感謝祭後半が始まり、出演者が休憩からまだ戻りきっておらず、サーカス団『シルク・ドゥ・ソレイユ』がパフォーマンスする中、「ウォーイ!」「絶対潰す」という声が聞こえてきて、目の前で飯塚悟志らが紳助に胸ぐらを掴まれていた。
一番驚いていたのはパフォーマンス中のシルク・ドゥ・ソレイユで、一番上の人がバランスを崩しそうになっていたとか。
また、刑事ドラマの主役や水戸黄門の出演者など「正義の見方」みたいな人が誰も助けず、唯一西川のりおが止めに入っていてカッコよかったとのこと。 「本当に怖かったです」と締めくくっていた。
この事件、東京03が紳助の楽屋に挨拶に行かなかったこと、あるいは感謝祭本番中のクイズ(東国原英夫に「東京03」のユニット名を答えさせるというもの。「知らん」「そんなん知らんて」を連発した紳助に東京03が不満そうだった!?)が伏線になっているなどと囁かれているが、引き金になった出来事は未だに謎だ。
しかし今回ナイツ塙という間近で見た人物が証言したことで「絶対潰す」という発言など改めて事件のリアルさが増したのではないだろうか。
関根と塙はその他にも「紳助に本気のタックルをかましたドランクドラゴン鈴木拓」「名優、故・緒形拳さんにキレた上沼恵美子」などリアルな暴露を連発。芸能史の“生き証言”のような回になったのであった。
女性自身
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東京03事件のオールスター感謝祭動画

当時、東京03がTBS「キングオブコント」で優勝した年にオールスター感謝祭に出演していた。まだ、メディアに慣れしてなかったため、忙しそうだった島田紳助の楽屋に駆け出しの芸人だった東京03は、誤った配慮をしてしまい、挨拶行くのを怠ってしまった。
また、生放送の本番に緊張し、萎縮しているのを司会者の島田紳助が「やる気が無い」と勘違いして激怒。パフォーマンス中に東京03のいる席まで怒鳴り込みながら詰め寄ったのが東京03事件といわれている。

事前に挨拶が無かったのが原因といわれていたが、それはあくまできっかけに過ぎず、本質は「島田紳助の勘違い」が原因。
挨拶回りに関してだが、例えば島田紳助以上の大御所であるビートたけし、紳助と親友の明石家さんまなどは、若手の挨拶回りをさほど重要視していない。
つまり、それは当時の芸能界でも上下関係の必ずしも挨拶が義務ではないという事。
もちろん、挨拶を重要視する人もいただろうし、島田紳助のように「挨拶出来ない若手は無礼だから引き立ててやる気にならない」という人もいるだろう。それはそれで理解出来なくもないが、暴力に訴えて説教、しかも生番組中に暴力行為を行ったことで、島田紳助を擁護する人は少なかった。
しばらくして、島田紳助が落ち着いてきた頃に、TKO木下が小声で「なんでキレたん?」と言ったところに、それが聞こえたのか、紳助がまた激高したので、完全に東京03事件は島田紳助の勘違いで起きてしまった事件といえる。
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島田紳助の復帰

2023年に亀田興毅氏が企画した試合を観戦した島田紳助が話題になったことで、5chでは、島田紳助が復帰するのでは?という噂が広まっている。
その理由は、島田紳助が癒着してた某大手暴力団組織が2019年に解散していること。
それをいいことに吉本は復帰を匂わせていたところでの今回の露出。もちろん、復帰するかどうかは、本人次第だが、島田紳助は過去のブラックな面が有る反面、人一倍義理堅い面も有る。なので、亀田興毅氏との縁でたまたま観戦しにいったことで、メディアに取り上げられてしまった可能性はある。
世間は未だに島田紳助に批判的な人も多い反面、島田紳助自身も置かれてる立場を理解してるからか、本当に必要な時に最小限の露出しかしない。今後もし、本格的に芸能界に復帰す事になったとしても、裏方としての復帰になるかもしれない。
島田紳助は番組の企画力では芸人の域を超えていた才能があったし、プロデューサーとしても一流だった。
問題となったあの暴力事件も、親の力を「かさ」に着て好き勝手をしていたマネージャーを注意したところ逆切れされ、それでちょっと小突いたくらいだったのが、そのマネージャーが大げさに騒いだので事件になった。
もちろん、暴力行為はいけないが、それにいたったプロセスは義理人情に厚い人物。
あの松本人志は、「紳助もさんまも天才。自分が一番面白いと見せるのが紳助、出演者を面白く見せるのがさんま」と評価している。 どちらも別タイプの天才だといっていたので、もしかしたら、自分のやり方が時代に合わなくなると判断し、落ち目になる前に、惜しまれつつ引退したいという思いがあったかもしれないので、暴力団との関わりがなくても、引退していたかもしれない。
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