山田康雄 宮崎駿 確執 (1)

4月28日放送、日本テレビ系「ルパン三世 ルパンVS複製人間」


初代ルパンの声優・山田康雄が務める劇場版ルパン第1作が今夜放送。



もともと俳優だった山田康雄は、アニメーションに対しては興味が薄かった。
脚本家のモンキー・パンチとルパン三世シリーズのテレビアニメを山田康雄が企画したことにより、 ルパン三世の声優としても出演。脚本家のモンキー・パンチとともに、キャラクターデザインやストーリー展開などを考えたこともあって、山田康雄はルパン三世のイメージに合わせた演技を見せ、多くのファンから支持を受けることができた。




その後、山田康雄はルパン三世役を演じたことで、アニメーションに対する興味を持つようになっていったのだが、ジブリ監督の宮崎駿とのあることが原因で、山田康雄はスタジオジブリ作品の宣伝を妨害するなどの確執が生まれてしまう。




今回は、山田康雄と宮崎駿の確執について5ch情報をまとめてみた。








◆山田康雄とルパン三世

山田康雄 宮崎駿 確執 (3)



山田康雄はもともと劇団俳優で、とにかく芝居が好きで舞台が楽しいという人だったそうだ。



ルパン三世の声優になったきっかけは舞台役者をやってた最中に、当時のテレビ東京のプロデューサーであった岡部英二が、ルパン三世の監修を依頼したことがきっかけ。



山田康雄がルパン三世の声優を担当する前のルパン三世は、1971年から1972年にかけて放送された第1シリーズの後、視聴率が低迷し、放送中断されていた。



その後、1977年に第2シリーズが放送されることになり、テレビ東京のプロデューサーであった岡部英二は、この新シリーズの制作に際して山田康雄に対し、監修を依頼。その理由は、山田康雄が第1シリーズの脚本に深く関わっており、またルパン三世の世界観やキャラクターについての深い理解を持っていたから。山田康雄は当時、アニメ以外でも数多くの作品に携わっていたこともあって、監修者としての適任と考えた。



山田康雄もルパン三世は原作が大人向けコミックでいわゆる子供たちが喜ぶ「マンガ」とは別ジャンルでもあったので、アニメは好きじゃないけど興味で引き受けた。




なので、ルパン役に決まってからもアニメ声優への不平不満は多かったらしい。



内心とは別に、プロ根性はあったので仕事はきっちりする、適当なことは一切しなかった。


そんな山田康雄がアニメ声優の見方が代わったのが宮崎駿監督の「カリオストロの城」。
公開当時から評価が高く、後にビデオ・DVDなどの映像ソフトが発売され、それらの販売数は非常に高いものとなった。また、海外でも高い評価を受け、そこから「アニメ声優」というものへの見方が変わり、同時に上質なアニメ作品も増え、声優(役者)を頑張る後進を育てようとテレビを始め多くの媒体に出演するようになったそうだ。




ただ声優を目指していた人には「声優になりたいならやめなさい。役者になりたいと思うならやってみてもいいかもね」みたいな言葉を残しているので、アニメ自体を嫌いなわけではなく、ただアニメの中の人になりたい、という人が増える風潮が嫌いだったのかもしれない。






◆山田康雄 宮崎駿 確執

山田康雄 宮崎駿 確執 (4)



山田康雄にアニメ声優という見方を変えるきっかけとなった宮崎駿のカリオストロの城。



この二人は、5chで確執があったと噂になっている。





山田康雄と宮崎駿は当初、親しい間柄ではあった。
スタジオジブリの設立時には、山田康雄が宮崎駿とともにスタジオを立ち上げることを提案したが、宮崎駿はこれを拒否。これに怒った山田康雄は、スタジオジブリに対して東宝の助成金を出すことを拒否し、スタジオジブリ作品の宣伝を妨害するなど対立を続けた。



山田康雄が宮崎駿監督の「ルパン三世 カリオストロの城」に声優として出演した時も確執があったようで、この時点でもまだ対立状態にあったとされている。



5chでの噂の一つに、カリオストロの城にて山田康雄と宮崎監督がアフレコ前にちょっとした衝突があったらしい。



その内容とは「声の出し方」。


今でも自作のアニメに声を吹き込む際、声優陣に注文が多いと言われる宮崎監督が、洋画の吹き替えも数多くこなしていた山田康雄に対して「いつものコミカルでおちゃらけた感じを控えて、クリント・イーストウッドのような押さえた声でやって欲しい」と頼んだそうだ。それに対し、この作品は「ルパン三世の自分あってのもの」と自負してた山田康雄は、「ごちゃごちゃ言うな!」と怒鳴りつけたらしい。



そんな緊張感の中、アフレコを終え、試写を観終わった後、山田康雄はこの作品のあまりのレベルの高さに感激し、監督に直接謝罪したというエピソードが残っている。



それから山田康雄は、事ある毎に宮崎監督の才能を評価し、この作品の素晴らしさを褒めまくっていた。



その後、映画「千と千尋の神隠し」において、音楽の制作に協力しているし、山田康雄はスタジオジブリ作品に関するコメントを出すなど二人の確執は埋まったが、仲が良かったわけではないようだ。






◆山田康雄のルパン三世の声優理由


山田康雄 宮崎駿 確執 (2)


山田康雄がルパン三世を降板した理由については、明確な公式発表はされていないが、5chではいくつかの交代理由が噂になっている。



一つは、山田康雄の健康問題が原因。

山田康雄は1977年に放送された第2シリーズの終了時にルパン三世の声優を降板し、その翌年に亡くなっている。ルパン三世の声優を担当する傍ら、多くのアニメ作品にも出演していたため、過密スケジュールや声帯の負担が原因で体調不良に陥っていた。



また5chでは、山田康雄とルパン三世の制作サイドとの間に、制作方針や報酬面などに関する対立があったこともあって、降板したという説もある。




当時の山田康雄はギャラが高騰していたため、制作サイドが「主要声優の5人を降板させ制作費を抑えたい」と考えていた。



この声優交代騒動は主要5人に伝わっていなかったらしく、特に山田康雄が激怒し、原作者のモンキー・パンチに怒鳴り散らしたらしい。


山田康雄の葬儀の席でモンキー・パンチは山田康雄にちゃんと説明できなかったことを悔やみきれず、号泣。その後、主要5人の印象が強すぎたこと、TVシリーズが大ヒットしたことを受け、もとに戻ったというが、どこのメディアも報じていないため、実際にルパン三世の制作サイドともめたかどうかは不明。


あくまでも5chの噂話ではあるが、山田康雄とのコンビでルパン三世の音楽を担当し、山田康雄がルパン三世の声優を降板した後も、長年にわたってシリーズの音楽を手がけ続けてきた大野雄二が、一時期ルパン三世から離れていたことを考えると、あながち見当違いの噂ではなさそうだ。









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